追い駆けっこ 



要塞内の人通りの少ない廊下。

そこで現在、場違いな2人分の足音と声が響いていた。



「ヒュウガ少佐、大人しく止まってください!」

「止まってって…それで俺が止まると思ってるの?」



逃げるヒュウガを追いかけているのは勿論、彼のベグライターであるコナツだ。

一応は常識的思考が働いているのか、どちらも走ることはしない。



ただ『走る』にはギリギリ届かないくらいの『早歩き』で、追いかけっこが繰り広げられているだけだ。



双方終始笑顔で不気味な雰囲気を醸し出しながら続けられるこの鬼ごっこは、実の所さして珍しいものではない。

しかし先をゆくヒュウガはちゃんと人通りのことを考えて進んでいるらしい。

彼等は一度として偉そうに広い道を通りたがる幹部の者達と出くわしたことは無かった。

それゆえコナツもヒュウガを追いかける際、何の躊躇いも無く後を追えるのだが。



「思いません」



やけにコナツの回答がやけにキッパリしていたのは……気のせいだと思いたい。 



***



事の始まりは、なんともこの2人らしいものだった。



午後の執務室には、丁度コナツとヒュウガのみが居た。

といっても、コナツはヒュウガのベグライターであるので、特に珍しい事ではなかったが。



「コナツー」

「何ですか?」

「お茶飲みに行かない?」



その言葉に反応してくるりとこちらを向いたコナツに、ヒュウガはへらっと笑った。



「仕事が終ってから言ってください」

「えー」

「えー、じゃありません。今日中に全部片付けて貰いますからね」



不満を露わにした上司に対し、コナツは残酷な言葉を告げた。

「もしかして……コレ全部?」



ヒュウガはかなり嫌そうな顔をして、目の前にある分厚い書類の束を少し捲った。

そこにあるのは文字・文字・文字。そして表とグラフ。



「勿論です」



さらりと答えてくれた部下は、この書類を片付けてくれるつもりは毛頭ないらしい。



「ねぇ、コナツ」



「…何ですか?」



先程まで文句を言っていた上司の声のトーンが少し変わったことに、コナツは少々警戒の色を示した。

そしてそれは、見事に的中することになる。



「宜しくね」



いつもの底の見えない笑顔を浮かべたヒュウガは、書類の束を綺麗にコナツへと投げる。

それらはバラけることなく、見事にコナツの机の空スペースへと着地するはず……だった。

しかしコナツはパシッとその書類を空中でキャッチすると、すぐさま視線を移す。

見ると既に室内にはヒュウガの姿は見当たらず、ドアが閉まりかけていた。



かくして――追い駆けっこの始まりである。 



***



開始からかなりの時間が経っているのだが、双方息一つ切らしては居なかった。



確かに走ってはいないものの相当なスピードで進んでいることに加え、
留まることなく言い合いをしているにもかかわらずに、だ。

その能力をもっと別の所で生かした方がためになることは言うまでもない。



「もー、コナツ。そんなにカリカリしてると禿げちゃうよ?」

「禿げませんっ!というか、誰のせいでストレスが溜まっていると思ってるんですか!」



ヒュウガの一言にコナツは問題無い程度に怒鳴った後、歩くスピードを上げた。

それに伴い、ヒュウガのスピードも上がる。



「うーん、もしかして俺?」

「もしかしても何も、貴方以外に誰が居るって言うんですか!」

「さあ?」





――プツッ…





何処までもマイペースな上司の言動に、コナツの中で何かが切れる音が聞こえた…ような気がするのは
果たして気のせいだろうか。



「……さあ?へぇ、『さあ?』ですか。


――ヒュウガ少佐。俺、ちょっと人事部へ行って来ますね」


「え、あ、ちょっとコナツ!?」



スタスタと踵を返して歩き出したコナツにヒュウガは驚いたが、すぐさま後を追いかけた。 






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